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冬の酒

きり丸はその日、寝付けなかった。寝返りを数度打った。就寝時刻を過ぎ、同室の乱太郎としんべェが寝静まったのを確認し、きり丸は寝巻きを偲び装束に着替えて、足音を忍ばせ外へ出た。戸を身の幅だけ開けると、月明かりが部屋へ侵入してきた。

 

その日は、月のきれいな晩だった。雲ひとつ無い冬の空には、煌々と月が輝き、星が瞬いている。

縁側から地面に降りると、自分の影が足元に出来た。

「月明かりは忍者にとっては大敵なんだ」

いつかの授業で担任が言っていたことを思い出した。

 

きり丸はとっさに駆け出した。

 

身を切るような冷たさが逬る。

闇に眼を凝らし、草木を避け、地場を瞬時に見極めながら獣道をはしる。

目的の無い夜の疾走は、駆ければ駆けるほど、胸の中の靄が晴れない。

 

きり丸は、視界の開けた場所に着いた。

息が上がり、両肩が上下している。

自分の吐く息の音だけが、空に響く。

山も寝ているのだろうか。夏には、騒がしいくらい草木は風で靡くのに、冬の夜は寒さに耐えるようにじっと動かない。

深深。と寒さが足もとや耳の先から身体に伝わる。

装束に冷気が、するすると入り込む。

 

目の前の大きな木が裏裏山の一本杉だ、と気づいたのは胸の動悸が落ち着いたころだった。

 

「結局、着くところはマラソンのゴールだった訳ね。」

 

習慣というものの恐ろしさをきり丸は思った。

一本杉に何気なく近付いていくと、根元に人影が見えた。

きり丸は、身構え忍ばせていた苦無に手をかけた。

 

「きり丸?」

 

其の影から名を呼ばれて、きり丸は驚いた。

 

 

「団蔵か?」

 

団蔵は、一本杉の根元に腰を下ろしている。

団蔵が手招きをする。月の光りで、団蔵の笑った顔が見える。

きり丸は、装具から手を離し、彼に近付いた。

「こんなところに。お前、夜間自主練か?」

潮江先輩の真似かよ、と言いながら傍に腰を下ろすと、酒の匂いが漂ってきた。

「団蔵、酔ってる?」

団蔵がからから笑いながら答えた。左手は瓢箪を持っている。

「いや、酔ってはないよ。夜に寝付けなくて、縁側で月を見ていたら、一本杉の下で酒を飲みたいなあって思って。それにこれは白酒だから、そんなに酔えないよ。」

呑むか、と問われて否、ときり丸は答えた。

京の酒蔵でバイトをしたときに、酒気に当てられただけで酔ってしまう自分には酒は不向きだ。

隣で団蔵が「うまい酒なんだけどなあ」とつぶやくのを聞き、きり丸は月を見た。

確かに今日の月は綺麗だ。

兎の影が見える。

 

団蔵が、ふと漏らした。

「本当に兎があのまん丸い月で、餅をついているのかな。」

 

 

「その餅を一個一両で売ったら売れっかなあ。」

 

団蔵は、噴きだした。

 

「お前、ここでそれを言うのかよ」

団蔵は、笑い転げた。きり丸はむっとした。

「そんなに笑わなくっても、いいだろう?」

性格上、そういうことを考えちまうんだから。

きり丸がそっぽを向いても、団蔵は笑い続けた。

 

団蔵は目に涙を溜めてもさらに笑い続ける。ひとしきり笑った後、団蔵は言った。

「まあ、そういうところがきり丸らしいといえば、らしいけど。」

 そういうところ、嫌いじゃないよ。

 

「そうやって、後腐れの無い物言いが憎めないんだよな」と、きり丸は内心思ったけれど口には出さなかった。

 

汗が冷たい空気に触れて、背筋に寒気がはしる。

走って長屋に戻ろうと、腰を上げようとすると、団蔵が酒の入った瓢箪を差し出した。

「ちょっとはあったまるから、飲めば?酔ったら、俺が負ぶって帰るから心配するな」

 

きり丸は、ためらった素振りを見せたが、団蔵に甘えることにした。

咽喉を通る酒の清冽さに酔う。

 

 

夜が更けていく。

たまに酒を交わすのも、悪くないなときり丸は思った。

 

 

 





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君ニ勧ム金屈梔

酌ニ満ツヲ須ラク辭スベカラズ

花發キテ風雨多シ

人生別離ニ足ツ


「勧酒」詩
于鄴

 




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20090109
勘が戻らないけど、上げます。
は組4年の新春。


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