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薄い日差しの昼間

 5日間降りつづけた雨が、止んだ。久しぶりの日差しが、ぬかるんだ地を照らしている。肌に纏わりつくような熱気を掻き分けて過ごさなければならないという事実が、煩わしい。かといって、不精をしてしまえば、この梅雨の時期に晴れ間を活用できる機会を逸してしまう。伊助は溜まった洗濯ものを洗っては干している。物干し竿と盥場を行き来して忙しい。乱太郎は、薬草が黴るといけないからといって、医務室へ行ってしまった。「久しぶりに外で剣が振るえる」と言って、金吾は早朝から裏裏山へ出かけてしまうし、喜三太は金吾と一緒に「僕もナメさんを探しに行くよ」とおおきなナメ壺を抱えて出てしまった。本の虫干しをしに、きり丸は「委員会の仕事に行かなきゃいけないのか、金にならないのになぁ。ボランティアかぁ」といいながら、怪士丸と連れ立って、図書室へ先ほど出てしまった。しんべヱは、雨漏りしている倉庫の修理に行ってしまった。庄左ヱ門は学園長のお使いとやらでここ数日、三郎と団蔵と出ていた。火薬が湿気っていたら、火急の時に役人立たないといいながら、虎若は火薬倉庫に三木エ門と連れ立って行ってしまった。誰もかれも、口を揃えて「晴れた日に出来ることをしておかないと、後で大変なことになるかもしれないから」と云う。危機意識を盛大に働かせて、「もしかしたら」に備えるのは、生き抜くために必要なことであろうが、面倒なことをするものだなと思うのは「我侭」だろうか。朝から何もせずに過ごせたら一番良いだろうに、皆せわしないなと兵太夫は思った。
 
汚れた胴着や手拭いは、伊助が勝手に持っていってしまったし、カラクリ部屋を改造するにも三次郎と相談しないと、後が怖い。生温いこんな日に好んで汗をかくような運動はしたくない。計算ドリルや漢字ドリルは、既に終えている。兵法の書物を読みたい、とは絶対に思わない。この暑さの所為だ。「出来る事」といえば、部屋の湿気を追い払うために、戸を全開にしておくことだ。兵太夫は空気よりは多少冷やりとする板張りに茣蓙を引いて、その上に寝転んだ。伸びてきた髪が邪魔だ。首筋に這う髪の毛が、煩わしい。襖に貼ってある「今月の標語」は、何百となく読んだ。天井を見上げて、梁の数を数えるのも、飽きた。天井に向かって手を伸ばす動作さえ、愚鈍なもののように思える。地獄の釜が開くあの時期には、あの父がいる家に帰らなければならないのか。もはや自分は必要ないのではないか。長兄が家を継げば、自分は自由になれるのに。本当にそうだろうか。継がなかったところで、自由になれるわけではないだろう。長兄の“扱いやすい「駒」”となるよう申し付けられるだろうか。ようやく3年になったけれども、自分はあの背中を追えているのか。熱を持った空気が自分に纏わり、腕を、脚を這う。暑さのせいだ。暑さが思考を妨げる。
 
「兵太夫」
視界に赤い髪が覗いた。
「何だよ」
 
兵太夫は不機嫌そうに呟いた。
「委員会を始めるから、って綾部先輩が」
分かったよ、行きますよ、と兵太夫は気のない返事をして、のろのろと起き上がった。軽い眩暈に襲われて、視界が暗くなった。
「それから、団蔵と庄左ヱ門が帰ったよ」
「そりゃあ、よかった」
「今日の夕飯は精がつくものを出すよとおばちゃんが言ってた」
「ふーん」
 
兵太夫が頭巾を被って伝七を見た。
「お前、眼の下真っ黒だぞ」
何かあったか、と伝七は聞いた。
「別に」
 
それならいいんだけど、と伝七は濁した。
 
 
日に焼けた回廊が、足の裏を刺激する。響く足音は、二人分。
 
暑くて。熱くてたまらない。大量の熱をもてあまして、今日も。
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