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「で、今日はどうしたの」
乱太郎は金吾の手首を笑いながら握った。手首よりも少し下を親指で押さえつけると、金吾の眉間に皺が寄った。
乱太郎は金吾の右手首を掴んだまま、医務室へ無言で引っ張ろうとした。金吾は「大丈夫だから」と手首を乱太郎から引っ手繰ろうと力を入れたようだったが、一度腕を動かすと途端に大人しくなり、以後乱太郎に引かれるままとなった。「大丈夫だよ」「乱太郎は心配しすぎだよ」と、乱太郎に聞こえるぐらいに小さな声で何度も呟く金吾は、左手に刀を持ったままだ。廊下を抜け、縁側を歩くと、庭からほのかに梅の香が漂った。金吾は、もう咲いたのかと少し思った。近くで鶯が鳴いている。
乱太郎が右手でしずかに障子を開けると、部屋の中からは鼻につくような薬草の匂いがむっと鼻を突いた。金吾は「酷い臭いだな」と思い、いつも乱太郎が纏っている匂いだと思った。「そこに坐って」と乱太郎にしては少々きつい調子で金吾をねめつけ指で場所を示した。炭櫃の隣に円座が敷いてある。湯を沸かしているのか、炭櫃には薬缶がかけてあり部屋をほっこりと暖めている。
「手首を出して」
乱太郎に言われるまま、金吾は右の手首を乱太郎の前におずおずと差し出した。「本当に大丈夫なんだよ」と小声で呟いた。
「大丈夫じゃないと判断したから、連れてきたんだよ」
乱太郎は自分の手で金吾の右手首を荒々しく掴んだ。剣術の練習で鍛えられた金吾の手首は太い。手で触れれば、その皮膚の下には無駄の無い筋があるのが見て取れる。だが、鍛えようの無いところだってあるものだ。乱太郎は手首の少し下、尺骨と橈骨の間を上下から親指で強く押した。痛みが走ったのか、金吾がのどの奥で呻いた。
「こりゃあ、全く大丈夫じゃないよ、金吾。骨が折れている」
それ見たことか、と乱太郎は金吾を見遣った。金吾は肩をすくめて言った。
「手首を動かすときには、そんなに痛くは無いよ」
金吾が動かして見せると、乱太郎はあんまり動かさないほうがいいと言いながら、近くに寄せていた救急箱を漁りだした。
「筋は痛めていないようだけどね。骨は折れてる、確実に」
15日ぐらいは、重いものを持つことも激しい運動も禁止、と言いながら乱太郎は救急箱から取り出した板二枚で金吾の手首を挟み、包帯で手早く巻いた。
「それは、困るよ。明日、体育委員会で裏ヽ山に登るんだから」
と金吾は、困ったように言った。
「自業自得だよ」と乱太郎は取り付く島もない。素早く処置の道具を救急箱になおし入れた。
「なあ、乱太郎。これ、解いてよ」
乱太郎は無言で、金吾に背を向け救急箱をもとに戻した。金吾は、包帯を解こうと思ったが、乱太郎の怒声にそれを阻まれた。
「どうして金吾も自分の身体を大切にしないの!」
乱太郎が声を荒げることなどこの5年間なかったものだから、金吾は驚いて呆気に取られてしまった。
「どうして!!うちの組は無茶なことばかりするヤツが多いの!きり丸はバイトだか何だか知らないけど、あばら骨を2本負ってたし、団蔵は何処でこさえてきたか分からない刀傷を肩に受けて血だらけで帰ってくるし、三治郎は遠出に行って七日帰ってこないと思ったら腕一本骨折して挙句の果に脱水症状を引き起こしているし、庄左ヱ門は昨日貧血で倒れるし!金吾は金吾で阿呆みたいに長距離鍛錬と塹壕堀をして!その骨折だって、断崖でも走っていて、足を踏み外した後輩を力ずくで引っ張って折ったんだろう?!いい加減にしてよ!私、みんなのお陰でおちおち寝ていられないんだからね!なんでいつも怪我して学園にみんな帰ってくるのさ!帰りを待っているこっちの身にもなってよ!」
乱太郎は肩で息をした。眼鏡の奥から涙が零れている。
「手当てをしても僕のいうことなんて、これっぽちも聞いてくれないし。休めと言っても、きり丸なんて、本当はそんなに身体が丈夫じゃないんだ。それなのに三日目にはもう居ないし、馬鹿団蔵は消毒して包帯を巻きなおしたら、馬に飛び乗って何処かへ行くし、見栄っ張りの三治郎も庄左ヱ門も大丈夫じゃないのに、もう委員会の仕事しているし!!私はどうしたらいいのさ!!心臓が幾らあっても足りないよ!!」
ぼろぼろぼろと乱太郎の頬から涙が零れ落ちる。金吾は立ち上がって自由になる左手で乱太郎の細い肩を引き寄せた。左肩がじんわりと濡れていく。乱太郎の苛立ちは最もなことだろう。確かに5年生になり、それも秋を過ぎたころから個人の忍務が多くなって、皆で集まって訓練をするという時間が殆んど無くなった。乱太郎も保健委員いう立場を考慮されてはいるが、七日に一度は学園から出て為事に就いている。6年には保健委員長の川西左近がいるため、乱太郎が常時いる必要はないのだが、6年の不在時には必ず乱太郎が居るように日程が組まれているようだった。他の生徒には、その特性に応じて為事が与えられる。きり丸は、アルバイトで培った思考、行動の柔軟性を買われ、団蔵は実家の情報網と家業、というように。忍務は他言無用、というのが掟であるから誰がどのようなことを行っているのか他の生徒は知らない。
乱太郎は肩を震わせている。金吾は乱太郎の背中を撫でながら、喜三太に着物を洗濯してもらわないといけなくなったなあと金吾は思った。しばらく体育委員の活動は休みにせざるをえないようだ。乱太郎の嗚咽に混じって遠くのほうで、鶯が間の抜けた声で鳴いた。
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5年のは組の様子妄想。
心配で怒る乱太郎とそれのとばっちりを受ける金吾が書きたかっただけです。
身長は、乱太郎の方が金吾より金吾の頭半個分だけ低いと考えていただければ。
乱太郎は長距離ランナーなので、あんまり身長高くありません。多分。
20090118
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