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いのる

「行ってきます」と母に告げ、家を後にして2日目。雷蔵は、読経を耳にした。陽が昇って間もない時刻のことである。


 

寺に一晩の宿を請い、長居をするのも迷惑だろうと陽が昇る前に起きだした。だがそれよりも随分前に、寺の小坊主達は起床し朝餉の仕度を始めている。雷蔵は無駄なく身支度をし、山門に向かって歩き出した。春、とは言うものの夜明け前は深夜よりも冷え込む。草履を履結ぶ手がかんじかんだ。ようやく草履を履き、雷蔵は近くに居た坊主に礼を言った。桶を携えた小さな小坊主は、道中お気をつけ下さいと一言言うと、軽やかな足音を立てて本殿へ向かった。雷蔵は、それを見届けた後、庫裏を出て、勝手口へ向かった。

背の方向から読経が聞こえる。ふいと振り向いて見遣れば、小さな本殿には部屋の中に入りきれないほどの人の影があった。数少ない蝋燭の灯火が本尊をゆらゆらとぼうっと照らしている。貧しい身なりをした女や老女が一心に手を合わせて祈っている。文字すら読めないはずであるのに、経を唱えている。雷蔵は足を止めて、本殿に向かって手を合わせた。

観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識。亦復如是。

小さく、低く、それでいて搾り出すような声が、何十にも重なり、小さな本殿にこだましている。本殿の裏手の楠木や、本殿の右隣に植えられている樹齢幾許とも知れない梅の老木が経に耳を傾けているようだ。風一つ吹いていないのに、樹木の葉がすれる音がする。途切れることの無い緩やかな低く響く声に、雷蔵は祈りを見た。太陽が本殿の後ろから昇った。雷蔵は短い経が終わるまで、そこにじっと立っていた。

 

雷蔵は学園までの道を急ぐ。少しばかり寺に長居をしてしまったために、昼に学園に着けるか不安だったからだ。

年が明けたら実地訓練があると先生が言っていたっけ、と雷蔵は思い出し、それなら尚更早くつかないと準備が出来ないと足を動かした。

道端には、紅梅や白梅が蕾を付けている。道の南側の方が温かいのだろうか、紅梅が咲き匂っている。路傍には青々とした草と小さな青い花が点々と咲いている。田畑に咲く蓮華を見ながら、今年は何事もなければいいなと雷蔵は思った。






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20090208
「不破」の日
間に合った…?

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