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伊助の編み物

伊助の母は、手芸の先生だ。小さいときから、針と糸は、伊助の心だ。

 

春。新学期。
母が作ってくれる体操服入れと給食衣入れがとても好きだった。布の柄が、ウルトラマンだったり仮面ライダーになったりした。

年が高じてからは、キャラクターものの布柄ではなくなったが、青い地に絣が入っていたり、大島のような縞だったり、決して単なる「袋」にせず、母の粋が息づいていた。母が糸や布を自在に操る姿がとても好きだった。母の見よう見真似で始めた裁縫の技術は、中学生になれば母と引けをとらなくなった。

 

家庭科の時間に、エプロンをつくる実習があった。

伊助は、クラスの女の子たちよりも上手に糸を針に通し、一定の間隔で、まるで布が泳ぐように縫った。その様子に、学校の先生が驚いていた。「お母様に習ったの」と聞かれた。見よう見真似ですと答えると、「まあ、感心なこと」と言った。女子は、「男の子が上手だなんて、なんか気持ち悪い」と言った。男子は、「男がミシンを扱えるなんて、気味が悪い。」「女みたいだ」と言った。先生は、「今からの時代、男の子も料理や裁縫が出来ないと、モテないぞ」と弁護してくださった。だが、結果として、かえってからかわれる要素になってしまった。伊助は誰よりも早くエプロンを作り上げた。男子生徒たちからは、しばらく「男が、家庭科が上手だなんて」とからかわれた。

それ以来、まともに糸を扱っていなかった。

 

 

「伊助、その首に巻いているマフラー、好い色だな」

後ろの席の庄左ヱ門が、帰り際に話かけてきた。

「母が編んでくれたんだ」

「いいなあ。僕なんて、去年、薔薇の木に引っ掛けてマフラーを駄目にしてしまったから、首が寒いよ」

そういって庄左ヱ門は、学ランの襟を指差した。

「新しいのを買わなくちゃいけないんだけど、うちは共働きだからね。部活も遅くまであるし。買いに行く暇が無いんだ」

庄左ヱ門は残念そうに笑って言った。机の中が空なのを確かめて、彼は席を立った。

「じゃあ、また明日」

そう言って、人の良さそうな(実際、本当に性格が良い)笑みを浮かべて、庄左ヱ門は教室を凪いだ風のように去っていった。

 

 

中学に入って、家庭科の時間に冷やかされてからは、まったく針と糸に手をつけていない。

だが、いつも僕を気にかけてくれる彼が、首周りが寒いという。

「久しぶりにマフラーでも編んでみるか」そう思った。

委員会を途中で抜けて、伊助は手芸の店に行った。母が行きつけの店だ。数年、行っていなかったが、店の主人である白髪のおばさんは、直ぐに僕だと気づいた。

「久しぶりね、まあ、私より背が高くなって」

ほろほろと笑う皺だらけの顔を見て、僕は此処に来た理由を告げた。

「それならいい糸があるわ」

そういって、店の奥からとびきりいい糸を出してきてくれた。値段を聞くと、高校生の財布にはやや高かった。

「いっちゃんが久しぶりに来てくれたから、サービスするわ」と言って、一袋全部くれた。

こんなに要らない、と伊助が慌てると、おばさんは嬉しそうに言った。

「本当は、数年前に仕入れた糸だから、今更高くは売れないのよ。いっちゃんが、中学生になる前の冬だったかしら。お母様に、来年はセーターを編んであげるんだっていってこの糸を選んだでしょう?でも、いっちゃんは、それからぱったり来なかったのよ。何があったかは聞かないわ。大体予想は出来るもの。でも、もう一度編んでみようかなと思ったのでしょう?誰かのために。だからいっちゃんの復活祝いにプレゼントするの。貴方の絲だもの。だから持っていって」

伊作が素直に受け取ると、またお出でなさいねと、見送ってくれた。

 

家に着いて、リビングでクリスマスのリースを作っている母に、ただいまとだけ言って、急いで部屋に上がった。

部屋の扉を閉じて、毛糸を見た。ツエードの深い緑が、穏やかに丸くきちんと並べられている。

 

努力家の彼に似合いそうな色だなあと、思った。

押入れの中から、編み物用の棒針を探し出した。手入れをサボっていたわりには、綺麗な状態だった。

久しぶりに編むので、勘が鈍ってやしないかと思ったけれど、棒針も糸もすんなり伊助に馴染んだ。

 

 

三日後。休日を挟んだ月曜日。

伊助は、登校時に庄左ヱ門を見つけた。

寒そうに首を窄めて歩く彼の姿に、顔が綻んだことは伊助も知らない。

改札口から、全速力で彼に駆け寄る。包み紙に入れていたものを取り出し、後から首にかけた。

庄左ヱ門は驚いて振り向いた。

 

「これでもう、寒くないよね」

白い息を弾ませて伊助が笑って言うと、庄左ヱ門は、本当に嬉しそうに眼を細めて「ありがとう」と言った。

 

 

 

 

これ、どうしたの。

編んだんだよ。

伊助のお母さんが?

否、僕が。

へえ。器用なもんだな。

気持ち悪くない?変だと思う?

いや。優しい伊助らしい、と思うよ。ありがとう、この色本当に好きだな。

ありがとう。気に入ってくれて嬉しい。庄左ヱ門、何だか変。顔が赤い?

別に。空気が冷たいから。

そう?

ところで今日、家庭科で実習あるだろう。

そうだね。

僕、包丁苦手なんだ。

ほんとに?じゃあ、僕が教えてあげるよ。

前々から思ってたけど、伊助って母さんみたいなところあるよな。

何それ。言われても嬉しくないよ。

ははは。そうかもな。

それでね、庄左ヱ門。

・・・

・・・

・・・

 



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心底甘っちょろい…。

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