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高い櫓と烏の寝床

 

高い櫓が夕の空に聳えている。櫓の上に集まっている烏が立ちそうにしてはまた止まる。そして啼き騒いでいる。きり丸はひどくぼんやりしながら縁側に腰掛け、呆けたように丹青の空を眺めていた。すらりと伸びた手足を投げ出している。半ば口を開け、普段は油断無く銭の音を聞き付けている耳も、今は烏の喧しく啼く音しか聞いていないようだ。きり丸はぼんやりと虚を見つめている。長屋には誰もいない。

夕暮れの空は、それも冬の空は、日輪の光りを掻き集めたように赤い。昼間は流れる雲に姿を隠し、分厚い雲の上から田畑を照らしている。だが、夕暮れ時にだけその姿を現すことがある。身は凍えるように寒いのに、西の空だけはその日の陽の光りを集めたようだ。きり丸はしばらく、夕焼けが嫌いで嫌いでたまらなかった。嫌なことを思い出すから、みんなで馬鹿騒ぎをしているほうが良かったのだ。しかし時折こうして、自分の周りに人が居ない時分がある。それが耐えられない。頭に鈍痛がするのである。

 

遠い昔、祖母と市へ行っている間に村が焼き打ちにされた。母に綺麗な紅い反物を土産に買って、祖母を急かして歩いていた道すがら、村の方から黒い煙りが立ち上り、風から奇妙な臭いがした。きり丸は駆け出した。だがそれは適わなかった。枯木のような祖母がきり丸の小さな手をむんずと掴み、離さなかったからだ。きり丸は振りほどこうと腕や躯を捩った。しまいには祖母の腕に噛み付いた。祖母の腕には赤い一筋が流れた。かあちゃんが。とうちゃんが。むらが。泣き喚き必死に逃げようとするきり丸を、祖母は抱きしめ、漸く抱き上げると、脱兎の如く走り出した。きり丸が祖母の饐えた髪の匂いを嗅ぎ、見たのは夕暮れよりも緋い炎を纏った、馬に乗った血生臭い人の形をした三つの影だった。肩の大きな十字傷のある太い腕が、煌めくものを祖母に振り下ろした。

 


それからのことは記憶に無い。気づいた時には、きり丸は隣村の叔母の家で寝起きをするようになっていた。だが、もう祖母はおろか母も父も、そこには居らず、叔母に尋ねても首を振って答えるだけだった。もういないのよ、と。とっさに家を飛び出し、叔母の制止を振り切って、きり丸は自分の村へ駆けていった。一刻ほどの道のりを翔けに駆けた。見覚えのある楠を見つけて、村の入り口に立つと、そこには家も田も何も無く、ただ黒い焦げた臭いが充満していた。誰一人としてそこには居らず、きり丸は自分の住んでいた場所を見つけるのにはさほど時間がかからなかった。

きり丸はその場に立ち尽くした。

 

どれくらい時間が経っていたのだろう。一刻。否、もう少し短かったかもしれない。叔母がきり丸の名を呼び、強くその手を引いて彼女の自宅に連れ戻した。

 

きり丸はそれから叔母の家を手伝った。自分よりも小さい幼子の面倒を見たし、薪割りもした。隣の家の面倒を見てくれといえば、一緒にあやした。何時しかきり丸の子守が村中の評判になったこともあった。村のおとながありがとうと言いながら、米や野菜を駄賃代わりにくれると、叔母に持って帰って夕飯の足しにしてもらった。きり丸にとって甥っ子は可愛い、と思える存在だった。叔母も叔父もきり丸を可愛がってくれた。きり丸は、十を数える年になる前に「忍術学園に行きたい」と叔母に言った。少しずつ貯めたお金があと少しで入学金に届くから、行かせてくれないか、と。叔母さんはここにいてもいいんだよ、と言った。だが、きり丸は断った。それから手当たり次第にバイトをし、入学資金を貯めたのだ。あることを密かに誓って。

 

それから5年が過ぎた。早かったようで短かったこの6年間。きり丸は、ある時、ある人を街中で見た。その人は右足を失い、左目が潰れて白い汁が眼から出ていた。町の片隅で、汚らしい莚を引いて欠けた汚れた茶碗を一本の箸で音を立てながら、破れた身なりでそこにいた。きり丸は、昔の自分の誓いが霧散していくのを感じた。胸からすっと何かが引いた。笠を目深に被ってその前を通りすぎた。きり丸の耳の奥では、茶碗を敲く音がしばらく消えなかった。




 

高い櫓が夕の空に聳えている。櫓の上に集まっている烏が立ちそうにしてはまた止まる。そして啼き騒いでいる。きり丸はひどくぼんやりしながら縁側に腰掛け、呆けたように丹青の空を眺めていた。すらりと伸びた手足を投げ出している。半ば口を開け、普段は油断無く銭の音を聞き付けている耳も、今は烏の喧しく啼く音しか聞いていないようだ。きり丸はぼんやりと虚を見つめていた。

 

「きり丸、そんなところにぼけっと座っていると、風邪引くよ」

乱太郎の声が後ろから聞こえてきた。それと同時に肩に半纏がかけられた。ありがとう、と言って袖を通した。

「きり丸、乱太郎に後ろを取られるようじゃ、お前も甘いな」

何時の間に来ていたのだろう、団蔵が中庭に立っていた。

「きり丸、夕暮れを見すぎると、早死にするって迷信あるから気をつけてね」

まあ、僕には関係ないけどと言いながら、乱太郎の隣に三治郎が立っていた。

「きり丸、もう少しで夕飯だからね」

しんべェがおせんべいを食べながらやってきた。虎若も兵太夫も喜三太もやってきた。

「きり丸、今日の委員会、忘れていたでしょう。新刊本の整理、大変だったんだからね」

と小走りに怪士丸が縁側沿いにやってきた。一年生が頑張ったから良かったけど、しっかりしてよ委員長と付け加えた。

「おーい、みんなぁ。おばちゃんが夕飯の仕度が出来たってよぉ」

「今日は豚汁だから、早く来いよぉ」

伊助と庄左ヱ門が、校舎の職員室前の縁側で手を振っている。

おお、そうか。今行くよ。今日は冷えるもんね。

おばちゃん、白菜たくさん入れてくれたかな。

騒々しい夕暮れが、過ぎようとしている。

きり丸は縁側から腰を上げ、手拭いで足を拭いている団蔵に声をかけた。

「お前、この冬の日に腕を捲り上げているんじゃないぞ」

こっちが寒いぜ、と軽口を吹っかけた。

「金吾なんて、今さっきまで上を脱いで冷水浴びていたぞ」

「お前等、やっぱりアホだ」ときり丸は笑った。

「最高の褒め言葉だぜ」団蔵はにやりと笑った。

さあ、行こうか、しんべェが全部食っちまう前に。

団蔵が走り出した。遅れを取るまいときり丸も走り出す。

抜け駆けはずるいぞ、と他の面々も走り出す。

は組の面々は食堂へ向かって走り出した。

 


高い櫓が夕の空に聳えている。櫓の上に集まっている烏が立ちそうにしてはまた止まる。そして啼き騒いでいる。だが、もう日が裏裏裏山に沈みかけようとしている。烏もいつの間にか寝床に帰ったようだ。

 












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きりちゃんの過去捏造。
ご、ごめんなさい…
20090125

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