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「学園長、至急の報があります」
小春日和の午後、大川平次渦正は、離れで茶の湯を楽しんでいた。障子の向こう側で、学級委員長の鉢屋三郎が言った。
「なんだ、三郎。騒々しい。何かあったか」
学園長は、茶碗を三度回しながら三郎に聞いた。茶碗の中の抹茶はもう無い。
「はい。七松小平太先輩が、裏山の杉の木から煙が出ているのを発見しました」
学園長は、茶碗を回す手を止めた。喉で呻った。障子から透けて入ってくる日輪の光が、穏やか過ぎる。ししおどしが乾いた音を点てた。
「それは、雷が落ちた所為ではないのかぃ」
「恐れながら、ここ十日あまり雨は降ってございません」
ふぅ、とため息をつき、学園長は茶碗を戻した。自らの衣擦れの音が、やけに大きい。膝に置いた皺だらけの自分の手を見つめて、学園長は問うた。
「小平太は、そこにいるのか」
「はい。御前に」
「状況を聞きたい」
「はい。体育委員会の長距離走の訓練中、杉の木から煙が上がっていました。不振に思ったので、杉の木に登りました。お察しのとおりかとは存じますが、何者かによって木の上のほうの幹が抉られ、その中に襤褸切れや反古、枯れた葉が入れられて燃えていました。おそらく、学園を狙う城の手のものの仕業かと思われます」
学園長は、ふうむとため息をついた。そうか、と呟いた。
「小平太も三郎も、まだまだ青いな。老木から煙がでるのは、凶事の現れであるが、左様にびくついて、足音を立ててくるようではなあ」
からからと、学園長は笑った。縁側で、身じろいだ空気が流れた。
「心配するでない。ここを何処だと心得る。三郎、小平太」
学園長は腰を上げた。
「三郎、即刻、先生方を此処へ呼べ。全員じゃ。小平太、お前は食堂のおばちゃんに、兵糧の準備をしてくれるよう頼みなさい、そして六年と五年を申の刻までに長屋に集めておきなさい」
委員会活動は、今日は中止じゃと学園長は静かに言った。分かりました、と三郎と小平太が言い、離れを去った。
学園長は、障子を開けた。水面が日差しを受けて、きらきらと輝いていた。雀は、ちゅんちゅんと囀っていて、佳い日和だった。空は透き通るように青く、晴れ渡っているが、西のほうにうす雲が見えた。どうやら、小春日和も本日まで、になりそうだった。
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