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バレンタインの憂鬱①

満員電車に乗った。東京では乗車率150%とかいうけれど、一地方都市の満員電車は、時間帯にもよるが、「満員電車」の高は知れている。全部の席は埋まっているが、立つ人の半径肩幅ぐらいの面積はある。立っている時、揺れに合わせて体重を移動させる余裕もある。だが多少足が怠くなるぐらいで、高校生にはそんなに苦にはならない。

 

学年末テストの最終日は部活が始まる。頭を悩ませる数字や記号から解放され、部活命の輩はいそいそと教室を出て行った。庄左ヱ門は学級日誌を書いたあと、職員室に提出した。同じ学校の生徒は即座に帰宅したようで、この時刻の電車に乗り合わせてはいないようだ。庄左ヱ門は都合よく、出入口近くの壁を背もたれにすることができた。

「特急が通り過ぎますので、ご注意ください」と駅員の丁寧なそれで居て眠そうなアナウンスが流れる。声の主は年配なんだろうか。扉は開いたままなので、速度のある少し冷たい風が庄左ヱ門を掠めた。庄左ェ門は構わず、頁を繰る。

今日は晴れて良かったですね
ほうんにねぇ
今日はどこかへ行きなさるの
孫の顔でも見にお菓子を作ってきたんです
まあ、私は梅を見にでもいこうとかと

お父さん、今日はあつこさんのところへねぇえそうそう行ってくるから遅くなりますよぉぅええ大丈夫


どこかの車両に赤ん坊がいるのか、泣き声が聞こえて来た。
ヒールの甲高い音が規則正しくプラットフォームに響いている。

「車両が出発します。駆け込み乗車は危険ですので、」という車掌のアナウンスが終わらない内に、女子学生が走って飛び込んできた。
壁際にいた庄左ヱ門は驚き、読んでいた本を両手で持ち上げよろめいた。周りに構わず、まさしく風のように、飛び込んできたものだから対処のしようが無い。汗の匂いが庄左ェ門の鼻先を掠めた。電車の扉が閉じられた。

良かった、間に合った
あの担任、説教しすぎだよぉ
あ、スカートの裾、挟まってる
うそ、いやだあ

けらけらと周りを憚らない笑い声が車内に響く。彼女たちは肩で息をしながら、扉にもたれかかった。車両空間の音がが女子高生の笑い声で掻き消されていく。

担任らしい先生への雑言をひとしきり吐き出したあと、一人の女子高生がぽつりと言った。

そういえば、バレンタインどうするの。

もう片方の彼女は笑って言った。

隣の高校の子にあげるつもりよ。
ええ、本当?
うん、とりあえず。義理でも好いじゃない。お返しが望めそうだもの。
お姉さんも根性が悪いねえ。

いっつも見てくるから、拝観料よ。で、えっちゃんは?

ここで言うの?恥ずかしいよ。

どうせわかることじゃない。

野球部って言ったらわかる。

加藤さんちの?

だから黙って、あっちゃん。

だって、みかちゃん自分で分かってないよね。

何が、よ。

 

きゃあきゃあとバレンタインの話で沸き立つ女子高校生たちは、沈黙という名の非難を意に介さず盛り上がっていた。

 

 

女子高校生の話を聞き流していた庄左ヱ門は、ぎょっとした。

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